Philip Seymour Hoffman @ magnolia

フィリップ・シーモア・ホフマン 追悼

フィリップ・シーモア・ホフマンがヘロインのオーバードーズで2014年2月2日に亡くなった。
今日は2014年4月7日なのでそろそろ49日も超えただろうか。
以下に書いたのは、私の別ブログで書いたものの転載だ。加筆修正をしてこちらに載せようと思う。

 私が映画をたくさん見るようになったのは、大学のころ映画館のバイトを始めた1999年くらいから。ちょうどマグノリア公開の頃だ。マグノリアを見て、「アメリカにも生きづらさを感じている『ダメなぼくたち・わたしたち』がいるんだ」とユニバーサルな感覚を覚えた。映画は浮世離れしたものを描くだけでなく、国境を超えて生活感をともにできるものなんだ、と感動した。その頃は枕詞のように、「自分はダメ人間だから」と言っていたような気がする。今思うと麻疹のような若年性『自己卑下』病でしかないんだが、そんな「ダメな僕ら」を体現してくれる俳優の一人が、PSHだった。でもそういう俳優は他にもいた。ポール・ジアマッティとか、ジョン・グッドマンとか。

 しかしPSHは、coolな悪役や恰幅のいい神父まで演じるようになった。『マグノリア』や『ブギーナイツ』や『ハードエイト』を死ぬほど見ていた僕にとって、2006年のPSHの『カポーティ』(2005)でアカデミー賞受賞し『mi:3』(2006)でトム・クルーズを痛めつける悪役を演じて「ついに来たか」と得も言われぬ気持ちにさせた。uncoolなだけじゃない俳優。それがずーっと僕がフィリップ・シーモア・ホフマンが好きなところだ。

 以下、私にとって印象深い映画のシーンを翻訳して字幕をつけてみた。これを見るとPSHはuncoolなだけじゃないことがよく分かるビデオグラフィになってると思う(と言ってもたかが5本だけど)。

 『ブギーナイツ』(1997)では、ポルノスターの主人公ダーク・ディグラー(マーク・ウォールバーグ)の周りでうろちょろしている撮影助手のゲイのフレディを演じていた。酔っ払っていきなりキスをしてふられます。

 『マグノリア』(1999)では病床にいる老人(アール・パートリッジ)に、疎遠になった息子・フランク・TJ・マッキー(トム・クルーズ)を引き合わせる優しい看護師を演じている。フランク・TJ・マッキーは男性向け恋愛自己啓発会の主催者で、「Seduce and Destroy(女性を誘惑して破壊しろ)」という過激なタイトルのプログラムをDVD、カセットテープに吹き込んで電話で通販している。通販専用の電話からトップのフランクにたどり着くために必死。

 
 さて、(主人公にとっての)悪役でも力を発揮する。映画『リプリー』(1999年)は「太陽がいっぱい」の原作の最映画化。トム・リプリー(マット・デイモン)はディッキー・グリーンリーフ(ジュード・ロウ)を殺して、ディッキーになりすましている。リプリーは貧しいという背景もありながらも、とりあえず憎むべき殺人犯のはずなんだが、↓のクリップを見ているとPSHがかなりキツく追い詰めるのでリプリーが可哀想に思えてくる不思議さ。

 そして『カポーティ』(2005)。PSHがアカデミー賞主演男優賞を受賞した映画。
実在の人物トルーマン・カポーティが書いた「In cold blood」という小説は事実に基づいていて、実在の殺人犯に取材をして書き上げている。取材者と死刑囚の間に友情が芽生える傍らで、取材という名の搾取の疑念も浮かんでくる。そんなシーン。

最後に『mi:3』(2006)。これは映画のタイトルバックの前のいわゆるアヴァンタイトルだが、PSHが10秒数える間にトム・クルーズが色んな感情をかき回されているのがとても痛快。僕はトム・クルーズも好きなのでこのシーンは何度もみてしまう。

とりあえず、印象に残ったものをほぼ1日かけて翻訳した。

フィリップ・シーモア・ホフマン、これからポール・トーマス・アンダーソンの映画に出られないとなるとこれほどまでにげんなりすることはないです。時折天国から友情出演してくれるなら、NYでもカリフォルニアでも会いに行きます。そして、いつか近い将来、お墓参りに参じますので、その時お話ができたら嬉しいです。同時代を生きた映画人の中で最も好きな俳優だったあなたがなくなってとても悲しいですが、同時に素敵な映画の記憶をくださってありがとうございました。

以上

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