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新文芸坐に行ってきた!「フランシス・ハ」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」を見てきたよ!

池袋新文芸坐にて《シネマ・カーテンコール》の「フランシス・ハ」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」を見てきた。《シネマ・カーテンコール》は明日までで、明日は「バチカンで逢いましょう」(2012・独/105分)13:15/18:00「グレート・ビューティー 追憶のローマ」(2013・伊=仏/141分/PG12)10:40/15:25/20:10 だそうです。

池袋駅から行く道すがら、ニコニコ動画の本社を発見。あれ?原宿になかったっけ。
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ま、いいや。

9:55「フランシス・ハ」上映。お客さんの入りは6割位。うんゆったりできる。
「フランシス・ハ」上映後、次の「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」上映まで10分しかない!でもおなかへった!
新文芸坐に出張販売のザクーンのザクーン・ロール!がっつり頂く。

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野菜たっぷりで、生地もモチモチでメチャウマ(ステマじゃないです)

さて、「フランシス・ハ」「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」の感想に入る。
奇しくも2つとも夢を追う(もう若者とも言えない年齢の)物語であり、現実と夢の間の着地点を探して彷徨う話という点で共通している。

「フランシス・ハ」

(公式サイトより)
ニューヨーク・ブルックリンで親友ソフィーとルームシェアをして、楽しい毎日を送る27歳の見習いモダンダンサー、フランシス。ところが、ダンサーとしてもなかなか芽が出ず、彼氏と別れて間もなく、ソフィーとの同居も解消となり、自分の居場所を探してニューヨーク中を転々とするはめに!さらには、故郷サクラメントへ帰省、パリへ弾丸旅行、母校の寮でバイトと、あっちこっちへ行ったり来たり。周りの友人たちが落ち着いてきていることに焦りを覚え、自分の人生を見つめ直し、もがいて壁にぶつかりながらも前向きに歩き出そうとするフランシス。不器用で大雑把だけどチャーミングな彼女の姿に、誰もが共感を覚え、心が軽やかになり、不思議なタイトル”フランシス・ハ”の意味が明らかとなるラストに胸を打たれる。

「イカとクジラ」(2005年)のノア・バウムバック監督の久々の劇場公開作品。その間にも「ベン・スティラーの人生は最悪だ!」や「マーゴット・ウェディング」など監督作があるが、いずれも日本では劇場公開されていない。「イカとクジラ」は大好きな映画だ。「フランシス・ハ」も好評なのでこれからは劇場公開してください配給会社さん。

「イカとクジラ」を見た時、なんて端正に人物を分析した映画なんだろう、精神科医が作った映画だろうか、と思った。「フランシス・ハ」はどちらかと言うとカウンセラーが優しい視線で描いた、という感じがした。本作のフランシス役を演じたグレタ・ガーウィックとバームバック監督の共同脚本のこと。

何か夢を求めて上京したものなら、フランシスのドタバタっぷりを笑いつつ、「わかるわかる」と頷くだろう。私もフランシスと同じようにフラフラっと上京し、とある夢を目指してドタバタした。上京して数年間は心の拠り所となる友達に依存してたし。(結婚して離れていったところまで同じ)加えて、あくまで想像だが、フランシスはおそらく親にお金の無心をしてる。(サクラメントに帰った時の両親が裕福そうだし、モダンダンスがそもそも裕福な家の子供特有なきがする。)「お金がない」といいつつサクッとパリへの旅行を決めてしまうあたりとかね。あぁ、身につまされる。私も親に無心をしたりした。大爆笑だったけど全然笑えねぇ。

さて、映像はモノクローム。NYの状況を美しく映し、音楽はトリュフォー作品などで知られる作曲家ジョルジュ・ドルリューの楽曲やデヴィッド・ボウイの「モダンラブ」がカラフルに彩る。大親友のルームメイト・ソフィーがアパートを出ると決めた時、フランシスが走りだした時の「モダンラブ」のポップさが忘れられない。

さて「フランシス・ハ」の「ハ」って何?というのは公式サイトでも惹句として使われる。確かにラストにフランシスがメールボックスの本名「Frances Halladay」の苗字を折り曲げて「Francis Ha」と出てくる。だけど、その奥になんの意味があるの?という感じだ。バームバック監督のインタビューによると、「1980年代にジェシカ・ラング主演の同名タイトルの映画があったから、できればオリジナルのタイトルをつけたいと思っていたんだ。いずれにせよ、名前をタイトルに入れ込みたいとずっと考えていて。イニシャルでもラストネームでもよかったんだけど、映画の最後で偶然こういうタイトルにしよう、と決まったんだ。」とのこと。

「Francis ha」の意味を勝手に提案してみる。「ha」というのはまぁ笑い声として日本語と英語共通している。特に映画で「Ha!」というと、嘲笑的であったりする。だから「フランシス(笑)」「おかしなフランシス」みたいなニュアンスで捉えたらどうだろう、などと思った。

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」

(公式サイトより)
物語の舞台はまだマスコミやレコード会社などが発達していなかった1961年、NYのグリニッジ・ヴィレッジ。ライブハウスで歌うフォーク・シンガーのルーウィン・デイヴィスは、最近何をやっても裏目に出てばかり。一文無しで知り合いの家を泊まり歩く日々。つい手を出した女友達からは妊娠したことを告げられ、おまけに仕方なく預かるはめになった猫にも振り回される始末。山積みになったトラブルから逃げ出すようにルーウィンはギターと猫を抱えて人生を見つめ直す旅に出る。ジャズ・ミュージシャン、ローランドとの悪夢のようなドライブ、歌への信念を曲げれば成功するかもしれなかった有名プロデューサーのオーディション、年老いた父との再会の末、とうとう歌をやめて父と同じ船員に戻ろうと決意するが、それさえもうまくいかない。旅から戻りあらゆることに苦しめられ打ち拉がれたルーウィンはまたNYのライブハウスにいた。歌い終えたルーウィンがふとステージに目をやると、そこにはやがてフォークの世界を大きく変えることになる無造作な身なりの若者、ボブ・ディランらしきシンガーの姿が。同じような日々がまた回り始めたかのようにみえるルーウィンの人生。しかしその外側で、彼の想いを受け継いだかのように、新しい時代がすぐそこまでやってきていた……。

これは、男版夢追い物語だ。また時代の徒花となった男の話でもある。ガスライトカフェで、「金の匂いがしない」フォークイベントで、ルーウィンの後に歌った男がボブ・ディランそっくりの歌い方だ。この映画はボブ・ディランが憧れた伝説のフォーク・シンガー、デイヴ・ヴァン・ロンクの回想録をベースに兄弟が翻案したものだ。ボブ・ディランのように脚光を浴びる人の周りにはこういう人がいっぱいいたのだろう。

そして、ジョン・グッドマンが登場して、自分勝手なボタンの掛け違えトークが始まるととたんに「コーエン兄弟の映画だ」と想い出させられる。

とにかく話しの作りに唸る。主人公の成長のメタファーとしても、話を転がす役としても活躍する猫のユリシーズ。初っ端と最後が全く同じで、同じように人生が繰り返すことを示唆しつつ、ユリシーズを家から出さなかったルーウィン。

余談:ジャスティン・ティンバーレイクのソロ以降の活躍が目覚ましい。ソロアルバム「ジャスティファイド」から、一貫して素晴らしいアルバムを出しているし、こと映画進出に関して言えば、デヴィッド・フィンチャー「ソーシャルネットワーク」、アンドリュー・ニコル「タイム」、クリント・イーストウッドと共演した「人生の特等席」、コーエン兄弟「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」と誉れ高いキャスティングに恵まれている。マドンナにしてもマライア・キャリーにしても、映画進出するアイドルや歌手は必ずラジー賞にノミネートされるのだが、特に男性アーティストで歌手活動と平行してここまで渋くフィルモグラフィーを重ねているのは本当にすごい。フレッシュ・プリンスことウィル・スミスはいい映画に出ることもあるけど、ラッパー活動してないしね。

総評として「フランシス・ハ」は感情的に満たしてくれる映画で「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」は端正なフォルムで理性的に満たしてくれる映画のような気がした。

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