カテゴリー別アーカイブ: 有名監督の初期作品

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【有名監督の初期作品】スタンリー・キューブリックの写真記者時代・初期短編ドキュメンタリー三部作

有名監督の初期作品のご紹介です。今回はスタンリー・キューブリック。

ニューヨークのユダヤ人家庭に生まれたキューブリックは17歳の頃に写真を雑誌「ルック」に売るほど、写真家としての才能を持っていました。

以下のルーズベルト大統領の死を悼むニューススタンド店員の写真です。

Kubrick_roosevelt_look
その後5年ほどルック誌のカメラマンとして働き以下の写真を残し、映画製作を目指します。

10365_66cm_ 008

10334_66cm_ 027

10365_66cm 003

10583_35mm 003

他にご覧になりたい方はこちらへどうぞ。

Day of the Fight(拳闘試合の日)

ルック誌で働きながら、「Day of the Fight(拳闘試合の日)」を1951年に自費制作します。ウォルター・カルティエというボクサーのドキュメンタリーです。

3900ドルの制作費で作ったこの短編は4000ドルで売れ、ルック誌を離れ、映画監督として歩んでいきます。

その後以下の2つの短編ドキュメンタリーを発表します。

Flying Padre(空飛ぶ神父)

ニューメキシコ州に400平方マイル(=約640平方キロメートル)を教区として持つ神父フレッド・スタッドミューラーに密着。飛行機に乗って、離れた信徒のもとで、神の導きの言葉を与えたり、葬式で説教をしたり、時には病気のこどものために病因への救急搬送を行います。

The Seafarers(船乗りたち)

船体や機械部、食堂や乗組員のミーティングなどのドキュメンタリー。横に流れる長いドリー・ショット(いわゆる移動撮影)を使っており、後のキューブリックの映画に多用されます。

以上の2つの短編を発表した後、「恐怖の報酬」の制作に入ります。

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タランティーノの初期監督作はコメディだった。

1984年にタランティーノがビデオ屋の店員をやってた頃の仲間や役者仲間を集めて作った映画。オリジナルカットは70分だが家事で消失し、36分のみ残る。

タランティーノは共同脚本・監督を務める。内容は友達の誕生日を祝おうとして男がいろいろな事をするが全て裏目に出てしまうという話。タランティーノ映画史上最もコメディ。

My best friend’s birthday

tim

ティム・バートンのディズニーアニメーター時代の初期短編「stalk of the celery monster」「Vincent」「Frankenweenie」

今日から連続して、監督の初期作品短編映画を紹介する記事を書いてみたいと思います。
youtubeに結構あったりします。
第一回目はティム・バートン。

「stalk of the celery monster」

このビデオをウォルト・ディズニー・プロダクションのアニメ部門に持ち込んで興味をもたれ、ディズニーのスタジオでアニメーター見習いとして雇われます。80年初頭です。

「Vincent」

エドガー・アラン・ポーの原作映画が大好きだったバートンは、ポー作品によく出演していたヴィンセント・プライスを尊敬しており、1982年ディズニーのアニメーターをしながら、彼を主題にした作品「Vincent」を制作します。(↓の動画の5:55まで)「ティム・バートンのコープス・ブライド」に似ていますね。彼はストップモーションアニメのレイ・ハリーハウゼンを大変尊敬しており、「~コープス・ブライド」の撮影時に会いに行っています。

「Frankenweenie」

続いて1984年に「フランケンウィニー」を制作します。物語は、車に轢かれた犬を少年が蘇生させようとする、というもの。この後、ディズニーに「暗くて怖い映画でディズニーの資産を無駄に使った」という理由で解雇されてしまいます。
(↓の動画の5:55から)